INTERVIEW

01 02 EXTRA

EXTRA

–4thフルアルバム『ALRIGHT!!!』についてメンバー3人にムードや曲について語ってもらったが、インタビューを終えても話が止まらない3人。その話題の中心は、彼らの始まりの物語について。そしてその大きな存在がHi-STANDARD。まさしく彼らの始まりのバンドであり、特別な存在となっているバンドのツアーへ参加するということは、とんでもなく大きな出来事だ。新作からは話がそれてしまうが、貴重な機会でもあり、気の向くままにHi-STANDARDから受け取ったイズムや当時の雰囲気、それらを昇華した現在の想いについて話を続けてもらった。
interview by ヤコウリュウジ

コピーするともっと好きになるんですよ!

–インタビュー前編の冒頭でHi-STANDARDのツアーに誘われた話をしていただきましたけど、どうしてもそのあたりの話は盛り上がっちゃいますよね。せっかくなのでこのまま話を続けますけど、最初はどういったキッカケで知ったんですか?

チフネ
楽しいですね〜、この話は(笑)! 何周もしてもう照れずに影響を語れる時代だと思うし、もともとオレらは照れずに話せちゃう系だし(笑)。3人ともそうですけど、地元の友達からですね。当時、ハイスタはメディアにあまり露出しなくて、「口コミで」ということをよく言ってたと思うんですが、オレらもまんまとそれで知りました。実際、その後もそうやってさらに友達にも伝えていきましたし。

–いちばん最初に気づいた人は?

チフネ
う〜ん、マジで同時かもね。
アカマ
地元とかにいつも最先端の情報を持ち込んでくるヤツっているでしょ?(笑) そいつから同時に教わった気がします。いつもなにかとみんなが集まってた公園で。オレら3人も地元の仲間だったから。
チフネ
高校生の頃だよね。最初に聴いたのは1stフルアルバム『GROWING UP』! それもカセットテープで(笑)。その後、もちろんCDも買うことになりますけど。

–その当時、もうバンドは始めてましたか?

ドウメン
一応、バンドはやってましたね。
アカマ
コピーしたり仲間内の遊びバンドみたいなのから始まって、オリジナル曲もあったし。オレとチフネは一緒にやってて、ドウメンは別のバンドのドラマーでした。でも、バンドをやり始めたのはドウメンがいちばん早かったよね。

–そして、完全にHi-STANDARDにハマっていくと。

アカマ
はい。オレら3人だって、他の地元のみんなだって、聴いてきた音楽や趣味趣向も違うのに、漏れなくハマってたよね。
チフネ
ただ、それまで友達の影響で流行ってたヘヴィな洋楽とかそういう音楽を聴く機会が多かったから、最初の印象は、想像してたより軽快で疾走感のあるサウンドが妙に新鮮で「ヘェ〜」くらいの感じで。だけど、なぜか何周も聴いてて。そのうちになんかどんどん惹きつけられて……それでどっぷり。The Beatlesやオールディーズが大好きなオレは、何か通ずるモノも感じて。運命ですね(笑)。
アカマ
オレもそう。ライヴ映像も衝撃だったし!
ドウメン
オレも何だかずっと聴いてたら、だんだんと沁み込んできて。自然と大好きになっちゃって。初めてライヴを観に行ってからはもう本気で熱中しました。

–すぐにライヴへも行ったんですか?

チフネ
いや、ちょっと時間が経ってからですね。もうハイスタ旋風が吹き荒れててチケット取れないし(笑)。最初に行ったのは『ANGRY FIST』ツアーのCLUB CITTA’川崎。そのころには、1stミニアルバム『LAST OF SUNNY DAY』も遡って聴いてたし、大好きになってましたね。だって、『ANGRY FIST』は特典が欲しくてちゃんと予約して、待ち遠しい日々を過ごして、入荷日にはゲットしてました(笑)。あと、もう曲のコピーも始めてましたね。

–やっぱり、自分でもプレイしてみたくなるんですね。

チフネ
これがまたあのバンドの面白いところで、コピーするともっと曲が好きになるんですよ! これはあの当時、コピーしたりしたみんなが共感してくれるんじゃないかな(笑)。
アカマ
そうそう! スタジオで、チフネと2人で汗だくになって動きまでコピーしてやってた(笑)。
チフネ
多分、みんなそんな感じだったんじゃないかな〜。そういう部分が、現在も急に街中に楽譜を貼り出したりしちゃうことにも繋がるのかなって思いますよね。

–いつぐらいから3人でコピーバンドを始めたんでしょうか?

チフネ
たしか、AIR JAM’98のときにはもうこの3人でやろうってなってたはずなんで、97年にコピーバンド的なのはやんわり始めてたのかな。でも、それ以前からやってたバンドも一応あったし、陰ながら。コピーバンドって言っても人前でやってたわけでもないし、汗だくの自己満足で(笑)。
ドウメン
最初は、3人で「よし、始めるぞ!」って感じでもなくて。2人がやってたバンドとオレがやってたバンドが同じ時間帯にスタジオへ入ったとき、休憩の合間に「ちょっとハイスタやってみない?」って合わせたのがキッカケだったし。途中からそれが本当に楽しみになっちゃって。

–ちなみにどの曲を合わせたんですか?

チフネ
最初の頃で印象に残ってるのは「THE SOUND OF SECRET MINDS」ですかね〜。

–いきなり『ANGRY FIST』の最後に収録されている曲という。

チフネ
まあ、もうやれる曲ならなんでもって感じでしたけどね(笑)。
あと、これも共感してくれる人が多いと思うけど、例えば『ANGRY FIST』を発売日に買うじゃないですか。で、家に帰って聴くとき、すでにギターを持ちながら何度も聴いて、追いかけて耳コピするんです。みんなが「聴いた?」って言ってるときには「オレもうけっこう弾けるよ」って言いたかった。地元でいちばん早くに弾けるヤツでいたかったみたいな(笑)。
一同
ハハハハ(笑)。
チフネ
今になって思うと全然弾けてないんだろうけど。まあ、だから最先端でタイムリーにやれたらイケてる曲っていうのを選んでたんじゃないかな。

–でも、アカマさんもドウメンさんもコピーできたっていうことですよね。

アカマ
オレも一生懸命やってましたよ! 何となくなところも含めて。ヴォーカルも歌詞もガッツリ。ただ、チフネは早かった気がするね〜(笑)。
ドウメン
オレも確かあの当時はほぼ全曲コピーしてたから、曖昧な部分が多少はあるにせよ、かなり叩けてたと思ってます(笑)。

–今となってみれば、それがHOTSQUALLのスタートに繋がっていくことになるんですね。

アカマ
そうですね。

遊び道具に夢中になって、その為に生きてるような毎日

–少し話は戻りますが、初めて観たHi-STANDARDの思い出は?

チフネ
オレらがハマって、観たいと思った頃には、凄まじいムーブメントで、もうとにかくチケットが取れなかったんだけど、何だかチケット運に恵まれてる地元の仲間がいて(笑)。そいつらが必死こいてチケット取ってきてくれて。それでみんなで行ったんです。懐かしいなぁ。で、長蛇の列の物販に並ぶんだけど、全然買えなくて(笑)。
アカマ
サイズもXLとかしか残ってないの。家に帰ってから速攻で乾燥機にぶち込んで縮ませたり。自分が欲しいデザインで合うサイズなんて、一切買えなかったよな~。
チフネ
で、いよいよ超満員の会場で今か今かとハイスタの登場をドキドキしながら待ってて。すでにギュウギュウなのに、メンバーが出てきた瞬間のさらにグッと前へ押し寄せてくるお客さんの圧力が凄まじくて。あの「ウオーッ!」って歓声と圧力と熱は忘れられない。
アカマ
これ以上、前へは進めないだろうっていう地点から10mぐらい押された気がするもんな(笑)。それまでにもライヴハウスはそれなりに行ってたけど、あの状況と空気感は初めての経験だったと思うね。
チフネ
あぁ、みんなハイスタ好きなんだなって。オレらだけのモノじゃないんだって思った(笑)。あと、あのライヴで恒さんが投げたスティックをバシッとオレが受け取って!満員の中で誰にも渡すまいと思ったし、想いを受け取ったと勝手に感じてた(笑)。

–曲がりなりにもバンドをやっていたわけで、「オレもああなりたい!」となった?

チフネ
そりゃあ、もちろん。
アカマ
その気になってコピーもしてたし。それこそ、1stビデオ『ATTACK FROM THE FAR EAST』を毎日観まくってたんですけど、ベースを持って「こう弾いたらカッコいいかな?」とか考えてたり。ベースやマイクの位置とかね。ライブのMCをマネしてみたりとか。

–そういえば、昔のチフネさんはギターの弾き方が健さんによく似てたような気がします(笑)。

チフネ
必死にコピーした結果ですかね(笑)。そこから始まって、長いこと自分のバンドを必死に活動する中でオリジナリティーを見つけていったとはいえ、今でもその道の先にいることには変わりないですし……でも、思い出すと当時ホントにそんなヤツばっかりだったと思いますよ。機材とかまでね。
ドウメン
オレもハイスタを知るまではメタルの影響で要塞みたいなドラムセットに憧れてましたけど、恒さんを観て、シンプルなセットが持つカッコよさに気づいてマネしましたからね。その後、自分なりに試行錯誤していくんですけど。
アカマ
そういうの込みで青春だったな〜。もちろん、いつか対バンしてみたいっていう気持ちもあったけど……そういう具体的な夢を描くアタマがないっていうか。毎日が楽しすぎて。ハイスタのメンバーがいきなり坊主にした時があって、オレなんかチフネに「難波さん風の坊主にしてくれ」って髪を切ってもらったこともある(笑)。
一同
ハハハハ(笑)。
チフネ
マジで写真見ながら切ったからね!

–そんなキッズ時代からの、この1曲といえば?

アカマ
難しすぎる!
チフネ
難しいから……18曲くらいにしてもらってもいいですか?(笑)

–まあ、選べる範囲でお願いします(笑)。

チフネ
でも、どうしても1曲あげるなら思い出ポイント込みで「GROWING UP」ですかね。
アカマ
オレは「MAXIMUM OVERDRIVE」!
ドウメン
う〜ん、何だろう……「CLOSE TO ME」かな~。何だろうな、全部好きだもんな〜。

–HOTSQUALLとしてちゃんと動き出したとき、どういったテンション感でした?

チフネ
いや、何も考えてなかったですよ。
アカマ
今の若いバンドたちは、少なからず「こういうバンドになりたい」とか「こういう活動をして」とかちゃんとリアルに考えてる人多いと思うけど、オレらはただ爆音で音を鳴らして汗かくのが楽しかったから始めた。ホントに、ただそれだけ。単純ですよね〜(笑)。

–思考を巡らすのではなく、感情の赴くままに始めたと。

アカマ
それだけでとにかく楽しくて。3人でハイスタのコピーをして、いよいよオリジナルも作り出して。「こんなに楽しいこと他にあったっけ?」っていうぐらい。
チフネ
振り返ってみれば、自分のバンド、HOTSQUALLとして動いていくキッカケってオリジナル曲ができてきたからかも。
ドウメン
あ~、そうだね。
チフネ
せっかく曲ができたんだからライヴもやりたい。だったら、一応バンド名はつけようという話になって、とりあえずHOTSQUALLって決めた感じだったから。

–その当時のオリジナル曲って今も残ってます?

チフネ
ホントに当初のは残ってないけど、ちゃんと覚えてますし、近いモノはいっぱいありますよ。今回収録した「Revenge Of The Honey Bee」や「Nice Day Sunshine」の原型はそれぐらいの時期だったと思うし。
ドウメン
あと、「Lion-standing in the wind」や「Every word you say」もかなり初期なんで、近いよね。当時のオレらなりに解釈したメロコアというか。
アカマ
当時のスタジオの練習デモテープをたまに聴くんですけど、とにかくテンションだけは異常に高い! 楽器の音もデカすぎて歌なんか叫んでるようにしか聴こえないんだけど、ライヴばりのノリと謎の勢いがあって(笑)。
チフネ
実際、当時の練習スタジオはきっちりと合わせる為に練習する場所っていうより、ひたすら汗をかく場所だったね。ある意味、ステージ。スタジオの中に鏡があるんですけど、自分の姿なんか目に入っちゃいないんですよ。自分の目の前に映るのはAIR JAMのあの景色(笑)。
一同
ハハハハ(笑)。
アカマ
だから、「もっと合わせよう」みたいな会話はなくて、「おお、カッコいい!」みたいなことばっかり(笑)。大人になって見つけた遊び道具に夢中になって、その為に生きてるような。毎日がそんな感じでした。

ライヴハウスの熱量をそのままに、一緒に夢を語ったバンドたちとやる

–HOTSQUALLとして、一昨年から野外イベントとしてONION ROCK FESTIVALを主催してますが、その原点にはAIR JAMの体験があると。

チフネ
そうですね。やっぱり、バンド活動の脳裏にはいつもあって。規模は関係なく、「いつか野外で!」とずっと思ってましたから。もちろん、ライヴハウスでの活動が基本中の基本なんですけど、自分たちがそうだったように、生涯忘れられない日や景色を作れたらいいなって。

–単純なキャパシティだけで考えれば、屋内で凄く大きな会場もありますよね。野外っていうところにこだわりたい理由は?

アカマ
キャパの問題っていうよりも、シンプルにお祭りっていえば外だし。例えば、いつもは普通の公園なのに音が鳴ってると半端なくワクワクするじゃないですか。そこにわざわざ会場を作って、当たり前じゃない空間を描きあげるっていうのがたまらないのかも。

–たしかに、普段通ってる道を歩いてても、遠くから盆踊りの音が聴こえてくるとウキウキしますよね。で、「焼きそばでも食べようかな?」みたいな。

アカマ
そうそう! 普段、家とかレストランとかで食べるモノよりなぜかめちゃくちゃ美味い!
チフネ
月並みな表現だと「解放感があるから」とかになるんでしょうけど、何かそういう次元じゃなくて。ROCKの、そこには特別な空気感があるんです。初めてAIR JAM’97の開催が発表されたときだって「これは行かなきゃ!」って思いましたし。

–自分たちが開催するにあたって、いちばん重視したポイントはどこにありましたか?

チフネ
普段のライヴハウスで盛り上がって詰め込まれてる熱を、そのまま持ってきたかった。野外だからといって、ルールで縛ってお客さんが自由に楽しめないのは嫌だし、それは全然違うと思うから。ライヴハウスでよく遊んでるヤツらが多く集まれば自然と暗黙のマナーってわかってて、伝わるモノだと思うんですよ。
アカマ
そうだね。とにかくライヴハウスの熱量をそのまま。しかも、それをライヴハウスで出会って一緒に夢を語ったバンドたちとやれるっていうのがポイント。

–見えない力が働いてデカいイベントをやるぐらいなら、自分たちの力でやれる精一杯の祭りを表現したい。

アカマ
ですね。そうじゃないと熱や温かみが全然違うと思うし。これまで3回やってきて、マンネリ化するのは絶対嫌なんですけど、恒例のようには感じて欲しくて。「また、あの季節が来たな!」みたいな。この先いろんな変化はあるのかもしれないけど、ブレずに、ずっとやっていけたらと思ってます。

–しかしながら、いろんなところにHi-STANDARDは影響を及ぼしてるんですね。

チフネ
いわゆるカッコつけてないのにカッコいいあの感じとかね。ツアーのまわり方とかだってそうだし。ああやって細かく各地をまわるというのは、ハイスタで知ったというか。ネットも今ほど普及してない時代に、どこへ行っても待ってる人たちがいて、そこでめっちゃくちゃに盛り上げてライヴしてるのとか「なんてカッコいいんだ!」と思って痺れたし。
アカマ
それ、めっちゃあるよね。
チフネ
ライヴだって、カチッと決められたことをこなしてるようにはとても思えなかった。まだ若いオレらは、その型にハマらない自由な感じにも大いに魅了されました。「PUNKっていいな」って。
アカマ
あと、オレが想像してた有名なミュージシャンって、運転手から取り巻きからたくさんいるみたいなイメージで。だけど、ハイスタは限りなく少数精鋭で活動して、ステージに立ってるように見えてた。自分たちのことを自分たちでやってるというのがカッコよく思えたな。そういうイズムというか、「有名になればいい」や「金持ちになればいい」とかじゃなくて、「オレたちが楽しいからやってる」、「カッコいいと思うことを自分たちで選んでやってる」っていう感じが最高にツボで。そういう感じが、ただのキッズだったオレたちでも「バンドできそうじゃん!」って思わせてくれた。「オトナに囲まれていなくても、メンバーさえいればバンドだ! ツアーができるんだ!」って。そういう風に思って楽器持ったヤツは多かったんじゃないかな。

–HOTSQUALLも自主レーベルになってからはメンバー3人だけでツアーをまわることも増えましたよね。バンドマンとして、まずそれができなければ始まらないってことも言ってましたけど、そういったことが根っこにあると。

ドウメン
間違いなくそうですね。
チフネ
そういう風に影響を受けて始めたオレらが、自分たちなりに考えながら地に足を着けてずっとバンドをやってきて、ひとついま思えることは「いいお客さんや仲間に恵まれてるな」っていうこと。もちろん、こうしてバンドをやってる以上、もっと間口は広げていきたいし、もっとたくさんの人に知って欲しいし聴いて欲しいけど……だからといって、そのために何でもかんでもやればいいとは考えてないんです。ある時にはふと、自分たちの活動が良かったのか悪かったのか考えた時期もあって。そんなとき、ちゃんとバンドに愛を持って観てくれるお客さんや仲間が周りにいるってことに気づいて感動して。例えば、ONION ROCK FESTIVALをやっても、マナーの良さが素晴らしい。後援してくれる千葉市の方々、運営陣やスタッフのみんなも口々にそういってくれて。

–妙な背伸びはせず、自分たちの想いを届けようと地道にやってきたからこそ、今そうなってる。

チフネ
まさにそうなんじゃないかなって。みんなのこと誇りに思ってます。

–今はSNS等もあり、メンバーの想いに触れられる機会も多いけど、みなさんがHi-STANDARDにファンとして熱中してた当時は情報もそれほどなかったわけで。そういった中でそういうことに気づけたのはどうしてだったんでしょうね。

チフネ
あ〜、たしかに。想いや考えを知る機会なんて、音源やわずかな映像はともかく、ライヴのちょっとしたMCのニュアンスや、活動のやり方で汲み取ったり、人から聞く話とか。あとは数少ないインタビューくらいだったもんな……雰囲気からだったのかな。
アカマ
勝手に感じ取ってたよね(笑)。ハイスタって、言ってしまえばスーパースターでしょ? なのに、なんだか凄く身近な存在に感じてたんです。憧れのお兄ちゃんみたいな(笑)。だから、いろんなモノが届きやすかったというか、受け取りやすかったのかな。
チフネ
なんか、「オレたちみんなのヒーロー」って感じだったよね。別の世界の人っていうよりも。

–浮世離れしてないリアリティがちゃんとあるけど、とんでもなく輝いてた特別な存在。

アカマ
しかも、すぐそこにいるような感じがするんだけど、実はめちゃくちゃ眩しくて高いとこにいるような。やっぱり、誰も簡単には辿り着けないような。

–HOTSQUALLとしてもそういう風になりたいところはありますか?

アカマ
活動の中で自分たちの在り方も見出したけど、その上でそうなりたい部分は確実にありますよ。あの頃のまま。

–例えば、必要以上の取り巻きはいらないですか?

アカマ
いたら……とにかく照れますね(笑)。
一同
ハハハハ(笑)。
ドウメン
物凄く細やかなケアをしてくれる人がそんなにたくさんいなくても、ある程度は自分らでできることばかりだと思いますし(笑)。

–でも、ミュージシャンとしてはストレスフリーな状況になるのかなとは思うんです。

アカマ
オレらはシンプルな3ピースバンドだし、たとえばライヴでトラブったとしても、それこそ自分らである程度はなんとかなると思うし。とにかくメンバーさえいればHOTSQUALLの曲は演奏はできるので。
チフネ
まぁ、オレらの場合、そんなにたくさん周りに人がいたらメンバーの会話も少なくなって、仲が超悪くなるだろうね(笑)。
一同
ハハハハ(笑)。

「まだ夢の先を見るのか?」っていうぐらい、さらにいま燃えてる

–話は尽きることがなさそうなので、ここらでインタビューの締めに向かいましょうか。

ドウメン
終わらないでしょうね、この感じだと(笑)。

–ここまで話してHi-STANDARDと共演っていうのはそれぐらい大きな出来事ですよね、実際。

アカマ
いつか対バンできたらなんて、そりゃ夢としてはあったけど、夢物語というか(笑)。ぶっちゃけていうと……オレたちはいいバンドだって信じてやってきたし、絶対にいろいろ越えてやろうっていう気持ちもあるけど、HOTSQUALLって別に露出とかも多いわけじゃないし、基本的にはメンバーが中心に自由に動いてるだけなわけで。だから、「ちゃんとやれてるのかよ?」って色メガネで見てる人もいるでしょう。でも、そんな中で、ちゃんと見ててくれて、ツアーにオレらを呼んでくれるっていう……どうしたらそういう……いやぁ、やっぱりあの人たちすげえな(笑)。
ドウメン
ホントにそうだね。
アカマ
例えば、難波さんに「いいバンドだ」って褒めてもらったことも何度もありますけど、あまりにも夢みたいで実感が湧かないところもあって。いつもバンドの後輩とかにも温かくて優しいですしね。

–しかも、ツアーにっていうのはまた嬉しいですよね。

アカマ
嬉しい! オレらはライヴハウスのバンドだし。
ドウメン
アルバムのツアーだしね。

–無粋ですけど、呼ばれた要因を自己分析するとどうなります?

チフネ
えっ、わかりません(笑)。質問の答えとしては適切じゃないんでしょうけど、ずっとカッコいいと思ってきたあの人たちのセンスってやっぱりすごいなっていうか。イズムを受け取って、自分たちなりに解釈して続けてきたオレたちをここへきて呼んでくれちゃうってこと、オレたちが観てたカッコいいハイスタだなって。自分勝手な解釈だと大いに分かってますが(笑)。
アカマ
音楽の楽しさを深く知る前に野球少年だったオレがPUNK ROCKに導かれて。バンドが動き出して、自衛隊も辞めて、大きく人生も変わって。大変なことも多いけど、あのときにこの決断をして良かったなと心から思いますね。

–自分たちが信じてやってきたことが間違ってなかったと確認できるタイミングではありますけど、バンドとしてはそれだけが目標や夢ではないわけですよね。映画ならハッピーエンドで締めくくれるけど、人生はまだまだ続くわけで。

アカマ
そう! だからこそ、喜べる。オレたちはオレたちのやり方があるし、「まだまだいくぜ!」っていうのが見えてるから、素直に感動できる。
チフネ
それで満足して達成感や虚無感を味わってしまうような、そんな次元ではもはやHOTSQUALLはやってないし。今、こうやって特別に思えてるのは、活動の根っこにハイスタの影響を受けたバンドが一歩一歩自分らのやり方の道を見つけて突き進んでる最中に、奇跡みたいな機会が訪れるという、運命の巡り合わせのドラマチックさですよね。
アカマ
これだけやってきて「まだ夢の先を見るのか?」っていうぐらい、さらにいま燃えてますからね。バンドなんて、誰かにやらされてるわけじゃないでしょ。自分次第で、学校や仕事とかよりよほど簡単に辞められるんだろうけど。たまに、「他にも何かひとつのめり込めればバンドぐらい楽しくなるのかな?」って考えるんですよ。でも、バンドだからこそ感じられるかけがえのない瞬間をいくつも味わってきて。そう考えると、離れることができない。いいっすよね、バンドって。

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